六伽士花史

第2号
本誌は、六人の書き手による「伽」(昔話)、「士亅(男)「花」(女)、「史」は歴史や記録を意味したタイトルにしている歴史アンソロジーである。
【「痣」内藤万博】
 伝奇小説のひとつであろう。源満仲の双子の子供を出生時に痣のあ抹殺し、一方を嫡子として育てた。それが美女丸である。部下の藤原仲光が元服するまで育てた。仲光には、美女丸と同じ年齢の幸寿丸がいた。そこから奇怪な因縁話に発展する。地元にあった伝説をヒントにしたもだといまとまっているまとまっている。
【「弟の憂鬱」朝倉昴】
 徳川三代将軍の血筋を巡って、秀忠を父に持つ兄の竹千代は、三代将軍(家光)ととしての立場が濃厚であるが、次男の国千代は、血筋があるだけに、その地位を奪う可能性をもち危ぶまれる。世襲制度の宿命として、制度の維持のために、差待遇と待遇と、自死を命じられる国千代の憂鬱な心情を説得力のある現代風奈文章で描く。日本の歴史に多くみられる出来事であるが、抹殺される側からの視点は珍しい。
【「真金吹く」新井伊津】
  日本に鉄鉱山の開発を伝えた異国から流れ来た者により教えられた。古代日本の時代を説話風に描く。
【「法均さまの庭」諸さやか】
 瑞児の知可多は悲田院にいたが、宮中に連なる「法均さまの庭」で務める。体を鍛え、猪を獲り、宮中での生活をする。主な話の比重が、獣を捌く様子を具体描くところで、それなりに面白い。
【「織姫神伝説」眞住居明代】
 青森県の雄大な民話「赤抻と黒神」を元にした神話だという。神との民衆の近しい関係の不思議物語。
【「お聖通さま」福田じゅん】
 信州八ヶ岳の湖畔で機織りをする少女と甲斐の武田家の次男との出会いを描く。
 ーー全体に文体が歴史ライトノベルという感じで、古風な文体から脱出するヒントになるものがある。
紹介者=北一郎。《文芸同志会通信2022年10月6日》

創刊号
 歴史物なので、書き出しの部分を紹介する。
【「女蛇伝説」眞住居明代】
――冬の鈍い光を放つ太陽が山の端にまもなく沈もうとする夕刻であった。豊後の国の東南部、急崖で出入りの激しい海岸線に縁取られた半農半漁の村に一人の女の子が生まれた。日清、日露の大戦のはざま、明治三十三年のことである。母親はまだ十六歳で初産であつ.たので、痛い痛いと大騒ぎしたが、声の割には安産で、集まつた家族や近隣の者たちは、トリアゲ婆さんが差し出した元気に産声をあげる赤ん坊を見て、みな安堵したのであった。女の子は家の周りに密生している蕗に因んで「フキ」と名付けられ、それは大婆と同じ名であった。母親の名はタケ、父親は佐平と言った。――ーその後の、経緯の運びは、やや切れ味に欠けるが、大分県の民話をもとに、伝奇的な作品にまとまっている。
【「駿河の姫」朝倉昴】
――ぃじは館を走り出ると大きく伸びをした。/視線の先には、駿河の大海原が朝日の照り返しで煌めいている。富士の山が裾野まで白い雪を湛えていた。/「ふじ姫様、今日は一段と気持ちよい朝でございますね」/そうじゃの、富士の剛お山もきれいに見える」/「海もまことにきれいでございます」―――短編の割にはゆるいところがあるが、半面読みやすい。
【「鬼百合」内藤万博】
――蹄の音を響かせた騎馬が単騎、黄金色のススキを蹴散らして関ヶ原の野をひたすら走っていた。騎手の後ろには、荒縄でしばられた虜囚が荷鞍のように無造作につまれている。/騎馬の向かう先には、家臣たちの視線を背中の感じながら、床几に腰かけて焦りで足を揺する若武者の姿があった。――出だし好調。織田信長に対すると朝井長政家系の物語。
【「朽ち葉蝶」新井伊津】
 ――門に打ち付けられているのは蝶だ。翅を一枚づつ、四つの杭で穿たれた、肋のような模様を持った大きな蝶。それが何を意味するのか、わからぬ者は京にはいないであろう。――いいね。平家の諸盛りの時に、それに逆らうものがいたということらしい。
【「巣落ち雛」福田純二】
――陽光がまぶしい。/丘の上から見下ろすと、深い森に囲まれた湖がきらきらとかがやいている。―――武田家系の仁科盛信の滅びに関わる話のようだ。出だしは絵画的。
【「府内の嵐―大友二代盛衰記」木田長】
 豊後の歴史と大友氏の歴史を大友宗麟の生涯を軸に語る。
紹介者=「詩人回廊」北一郎。(視力と聴力の異常 あり治療中につき。誤字脱字あればご容赦)《文芸同志会通信2021年10月6日》