火の鳥
第31号
【小説「狂騒曲第五番『妄想』」本間弘子】
これが小説とは思えないが、まあ、内容はある。身近でない問題のために、重要な内外の出来事が、頭の上を通り抜けることの話題がある。米軍のアフガン撤退と、東日本大震災、阪神淡大震災や、火山などの災害対応策の無視などの意識傾向。デジタル化の進行で、マインバーカード、サスナリビリティー(持続可能】、ソーシャルデスタンス、ウィズコロナ、ステイホーム、ダイバーシティ(多様性社会)などを取り入れる時代を語る。そしてレクイエム(鎮魂歌)を説明して終わる。視点だけの話だが、面白い。ついでに言うと、ソリューション(問題解決能力)、リカレント(新しく他のことを学びなおす)、リスキング(いままでより能力を高める学び)などもある。
【「ほとり」稲田節子】
小島で育った女性が、舞子さんになるまでの話。興味深いが、話の構想を考えてから、書いたらどうか。これは、誰それに読ませようという意欲が感じられない。
【「ヒマワリの残像」上村小百合】
話の概要は省略するが、「心の貯金箱」というのが面白かった。美和という女の子の個性が少し書けている。
【「ウルムチ・トルファン紀行」杉山武子】
2003年ころに新疆ウイグル旅した話。いまほど、共産党の抑圧が強くなく、便利さと豊かさの恩恵にあったころの、生活実態が描かれている。このような生活のなかでは、中国人化が強制がされているのかと、参考になる。
発行所=鹿児島市新栄町19-16-702、上村方。「火の鳥社」。
紹介者=「詩人回廊」・北一郎。《文芸同志会通信2022.02.02》
第30号
【「ANTGTA DOKOSA」稲田節子】
貴彦とカオルは50代の夫婦。純平と美久という子供がいる。美久は多少の障害をもつ。この夫婦に、貴彦の他の女性への傾倒から、離婚するまでを描く。その間、あちこちに話が飛んで、話を散漫にしている。最近は、時代の傾向か、このような作風のものが少なくない。あれこれ話の軸を外しながら物語を進めるという、小説手法がうまれつつあるのかも知れない。作者の思い込みの強さの表れであるのかも知れないが、文学的な成果には効果的か、疑問に思う。
【「深淵の声明―ラスコーリニコフの心理学」上村小百合】
ドストエフスキーの「罪と罰」のラスコーリニコフの心理に焦点を絞り、深く掘り下げた濃密な純文学評論である。自分は、迂闊にしか読んでいなかったので、教えられることばかりで、その読みの深さに敬服した。1章で、ラスコーリニコフが獄中病気になり、熱に浮かされてみた夢の一部として、「アジアの奥地からヨーロッパに向け進む一種の恐ろしい、かつて聞いたことも見たこともないような伝染病のために、全世界が犠牲に捧げねばならぬことになった」から始まる、引用で、人類が少数の選ばれたる人々を除いて、ことごとく滅びなければならなかったーーという文章があることを指摘している。そして、特に現代を意識したものではなく、人間的な「意志」の個人のつながりのない孤立したものとして、滅びが起きるということを意味していると読める。自分は、この部分は読み逃してたが、ドストエフスキーの中期以降の作品群に感じる、人間観と世界観の絶望なかの光を求める内面の希求がここで読み取れるのかと、勉強になった。さらにマルメラードフについての解説は、有名な酒場での絶望的な告白を、もう一度読み直したい気持ちになった。
【「ベトナム南部・ダラットへの旅」杉山武子】
ベトナム旅行の回想記である。このなかで、林芙美子の「浮雲」のなかに、フランス支配下にあった、ダラットに行ったことが記されていることへの言及がある。その視線の冷ややかなところがあり、物書きとして、物事の本質をそのまま受け取る視線を会得しているように思った。モダン文学にあるもので、失ってはならない精神を垣間見されられた思いがする。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一 2021.06.04
第29号
【「坂道」杉山武子】
80代の女性の人生回想録である。幼少期には、戦前に中国にいた。形式設定からすると、同人誌にありがちな、作文的人生回想記のように見えるが、そうした予想に反し、題材が同じでも、個性的な手法で文学性豊かな告白録に仕上げている。まず80歳になった語り手であるが、人生経験の豊さかから、酸いも甘いも受け止め、おっとりした心的な境地に達することができないという心境が提示される。いまだ「わたしの人生からの理想と自由を奪った人たちへの恨みは消えない」のである。強いモチベーションを語り手に与えている。
さらに、中国吉林省にいた時の幼児期の記憶を詩にして記す。このような手法は、フランスの作家ミシェル・ウェルベックがすでに使用しており、それが状況説明に説得力を加えている。
これらの要素により、読者は語り手に距離感をもちながら、話に強い関心をもつ。母親は亡くなり、父に育てられた子供たちの一人であった彼女の苦労話の重点は、戦後帰国して結婚したことからはじまる。見合い結婚の多い時代だが、運よく彼女は、誠という格好の良い男と恋愛結婚する。長男である。
社会的な家父長制度のなかで、女性の立場は今も昔も大きく変わっていない。先日は、国際女性デーであったが、問題提起は昔からの因習からの解放である。その日本の具体的な構造とそこから脱却しようとする過程が、ここに記されている。誠の嫁になると、姑の義母が、これからは家族の一員になったと言われるが、実際は家族の奴隷であることがわかる。誠の家族と、長男という夫の立場から、金を出して実家の家を建てるが、夫婦はその建てた家に入れず、貸家に住んで、住んでいない実家のローンを返すという悔しい思いもあある。この辺は、自分の母親の愚痴にあったような出来事で、その後の実家の血縁関係と外からの嫁の差別的な待遇などは、身近な親類から良く伝えられた話と同じである(根底に人類的なテーマであるが)。とにかく、スピード感をもった語り口は、同人誌作品をとしては類の少ない、眼を逸らさせない面白さである。新型コロナウィルスのパンデミックなど、歴史的なできごとを背景にするなど、現代性をもった、生活雑記の表現に工夫を期待したいものだ。これから起きることは、若者も年寄りも同じ初めての体験なのだから。
【「Z嬢の嘆き」本間弘子】
風刺精神の横溢した見事な表現力に感銘。全体が現代生活に対する、如何に過ごすべきかの問題提起になっている。しかも意図的であることに、創作力の豊かさを感じる。
【「随筆「のどかな日々」(全十編)鷲津千賀子】
日常の断片を掌編的な表現でつなげたもの。まとめると中編になることがわかる。試みとして、成功しており文学の世界に入るものもある。これといった物語がないことでも、手法によっては自己表現の作文の領分を越える可能性をもつことがわかる。菊池寛は、「文章読本」という著作のなかで「観点」を持つことで、文学になるという主旨のことを書いている。
【「籠矢」稲田節子】
思春期の世代の物語であるが、まさに従来に純文学とされたジャンルの作品である。この世界は、はロラン・ローランのジャン・クリストフの前半に描かれていることに並ぶ。芥川龍之介は、ロランのこの作品に感銘を受けたと、どこかに書いてある。同人誌にそれほど多くはない美意識のセンスのある秀作に読めた。
【「キンモクセイの香り」上村小百合】
工夫をした設定で、蜂頭境という変わった姓の家の女友達がいて、その家を去ったが、同じ場所に変わったその姓の表札を見る。そこから普 通人の生活ぶりを焙りだす。意欲作である。
【随筆「令和の公人・平成の私人」大迫蓉子】
60代で母親の介護をしていて、自身が体調を崩した時の事情が活写されており、情報共有したいところもある。しかし、そうなるときりがないので、このへんで…。総括して、このような作品群の列挙であるなら、自己表現中心の同人誌としてのエリアを越えていて、存在意義を感じる。
紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。《文芸同志会通信》2020年3月14日