群系

第47号
 本誌は、作家論など文芸批評に重点を置いた雑誌である。テーマを決め同人がそれに合う評論を書く方式らしく、文学精神の旺盛な勉強家が多いようだ。19世紀文学者から現代作家まで、幅が広いテーマである。対象作家の多彩さがあるのでデーターベースは多いが、その作家に興味を持たないひとや、読んだことのない人もいるので、すべてに目を通すというのは難しい。それを前提にした編集であろう。
【自由論考「『なりすまし』にはかなり無理がある。-東野圭吾の『白夜行』と『幻夜』において、テクストの空白を埋めるものはなにかー」が大野雅子】
 ミステリー作家の東野圭吾のファンである筆者が、東野圭吾の作品「白夜行」く(1999年)と「幻夜」(2004年)が「なりすまし」の連作の可能性を示唆し、その面白さに引き付けられる。ところが、大変に面白いミステリーとしての作品での「なりすまし」トリックには無理があると、感じたというものである。そのなかで、小説における人称の問題を説明しているところがある。――『白夜行』における「移動する視点」/直木賞の選評会で指摘された、「人物描写の浅さ」という問題は、東野圭吾独特の語りの手法と関係がある。ミステリー小説であるから当然といえば当然なのだが、心埋描写よりもストーリーに重きをおくのである。さらに、ストーリーを語る際、視点を次々と移動させるのである。その移動する視点が複数の異なる方向から際、主人公を照射していく。主人公を囲む外堀が埋められていくようなイメージである。外堀は埋められていくが、主人公の心情が説明されないがために、テクストの真ん中にはぽっかりと穴が空いているような具合である、その穴は最後に至っても埋められることはない。―――このような説明から、東野圭吾のここでの謎の作り方や、作家としての狙いを知ることが出来る。同時に余談的に「なりすまし」の秀作として松本清張の「砂の器」について、触れている。自分は、海外作家のミステリーを読む。もともとミステリーには、無理があるから話が面白くできるので、「それをいったら、おしまいよ」というところがある。ファンがこのように感じるとしたら、東野圭吾という作家の筆力は、相当ものであるにちがいない。ネットでなく、活字にミステリー作家の評論が文学的な視線で語られるのは、面白い。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。《文芸同志会通信2022.1.16》

第43号
【「賃貸物語『金魚の縁』」小野友貴枝】
 小野沢茜には、離婚して去った夫が残していった4棟の貸家がある。土地柄はどちらかというと森林の多い田舎町のようだ。貸家というのは、大家となった茜の自宅と隣接しているらしい。そのうちの1棟が空いていた。そこに老夫婦が転居してきた。茜は借家人と親しく交流する。今回の借家人は東京から転居してきていた。都会よりもこの土地柄が金魚を飼うのに適しているらしい。茜はこの夫婦にどこか懐かしいような雰囲気を感じる。話をしているうち同郷だとわかって納得する。そして、自宅の池に放置してあった金魚の世話や、知識を教えられる。さらに、夫の男の方が、茜の若い時に交際して、結婚まで考えた男に似ているように思える。その恋人とは、結婚をすることなく、現在は去って行った夫と結婚するまでの気持ちの持ちようを、回顧する。この部分が、良い小説となっていて、恋人的な点では文句のない若者と、地道そうで面白みのないような男と比べた結果、面白みのない男と結婚するまでの心理を詳しく書いている。女心と当時の社会環境のなかでの茜の決断が、興味深く追求されている。
【「リトルストーリー 摩天楼か蓮池か」坂井瑞穂】
 上野公園には入り口がいろいろあるが、地下鉄千代田線の「湯島」駅から私は歩く。そこから不忍池に向かう。話はあちこちに飛んで、ニューヨークから亀戸、「野菊の墓」を書いた歌人の伊藤佐千夫のことなどに触れるが、深く追求せずによんでいくと、上野不忍池の近くのビル建設に職人としてかかわることになる。ボルト締めの手順が、関西と関東と異なるそうで、間違って手間をかけた話になる。実際には、上野には塔のように長く高いビルが建っていた。まるで、上野の森を見下ろすような感じであった。散漫で力点のないような散文詩のようなものであるが、自己表現の延長として面白く読める。
 その他、評論で【「村上春樹 再読(11)-『海辺のカフカ』」星野光徳】、【「藤枝静男評伝―私小説作家の日常(四)」名和哲夫】、【「安部公房『壁』、『S・カルマ氏の犯罪』――公房の砂漠」間島康子】なども読んでみた。
発行所=〒162-0801江東区大島7-28-1-1336、永野方「群系の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。《文芸同志会通信2020.01.01》


第42号
【「本を出す」小野友貴枝】
 安藤沙也というかつての職業夫人が、高齢になってそれまで趣味としていた文芸作品や、生活日記を書籍化することに力を入れている。保健福祉関係の専門職にあった彼女は、「月刊保険ジャーナル」などの雑誌には寄稿していた。そうした連載記事の書籍化した時に、文章力の不足を感じコンプレックスとなっていた。小説教室などに通い、創作することに力を注ぐ。小説や日記を相次いで自費出版する。その出版過程が詳しく説明される。彼女は、高齢者の知見や能力が徐々に衰えるのを恐れている。読むほどにそれが自分自身を語るエッセイに近いものだと、分かる。まさに、小説の基盤である「描写の奥」に「寝ていられない」そのものである。本を出すことへの強いモチベーションが表現されている。とくに、職業と家庭の両立をさせたなかでの、文芸にかかわる心情になかに、本を出すことに対するこだわりと主張がある。文学的であることを理由に、内容の意味不明さを肯定する傾向に一石を投じるのではないか。
【「お布団」逆井瑞穂】
 これは、機関車関連のマニアが、子供のころの鉄材の解体屋に機関車がおいてあって、それの部品を夜中に盗み出そうした話があり、そこで、音消しのために布団を利用したらしい。こだわりは、機関車と母親のことらしいが、全体像がつかめなかった。
その他、本誌は近代文学作品と作者への評論が多い。特集は「8・15の青い空 戦争と文学」で、その時代を生きた作家と作品が評されている。特集のほかに【「村上春樹再読(10)―『スプートニクの恋人」・連作『地震のあとで』」星野光徳】がある。村上作品をすべて、読むことは少ない自分には、ある時期の見解があって、そうなのかと思い、面白かった。【「中野重治『萩のもんかきや』-世間の片隅に生きる戦争未亡人の母」小林弘子】は短いが、根は詩人で、小説家の目のつけどころとか、リズムに関する感覚などが知れてこれも面白い。
 その他、近代文学の作家たちの評論がある。現在、若者の国語教育の方向性が、論裡国語と文学国語に分かれたなか、論理国語の選択が優勢だという。その意味でも、文学をする機会を増やす活動として、今後への役割が期待れるものを感じる。
編集部=〒136-0072東京都江東区大島7-28-1-1336、「群系の会」
紹介者=「詩人回廊」北一郎。