メタセコイア

第18号
【「山代の奥さん」和泉真矢子】
 東京オリンピックの時代の話から、はじまり、阪神淡路大震災の時代を設定して、味わいのある人情話に仕上げている。日常のなかの営みを、具体的なエピソードによって、読み手の心を逸らすことない、話術と文章力は、感嘆するしかない。別に勧めはしないが、作家になっていてもおかしくない文章表現の才能が感じられる。和子という長屋の大家の娘がいて、彼女が小学一年のときに、山代さんという夫婦が2階を借りて住む。そして、山代さんの奥さんは、身体が丈夫でなさそうだが、和子と仲良しになる。山代の奥さんは、三味線を弾くことが出来て、指にたこが出来ている。これが、末尾での話への伏線になっていて、構成と物語の手順への発想の閃きに優れている。素人離れというのはこのことを言うのであろう。阪神淡路大震災での場面も、迫力を持って描かれていて、こうした修羅場の表現力にも優れている。構成に独特のものがあるが、しみじみとした味わいを感じさせる要素を妨げることがない。現代的な工夫として肯定したい。
【「蠢く拳」南田真】
 ボクシング界の話で、伊達という男の友人の武蔵というフェザー級の世界チャンピオンがいて、彼がタイトルマッチで、パンチを多く食らい、ノックアウトされてしまう。意識不明で病院に運ばれるが、パンチの衝撃による脳の損傷で、生死の間を彷徨っている。伊達は、事態に驚き、このタイトルマッチに反社会的組織の陰謀があることを突き止める。事実を説きとめようとして、聞き込みをすると、暴漢に襲われたりするが、それを撃退する。活劇的な場面があって、それが面白い。話の運びにはらはらさせられ、面白さに引き込まれる。短編小説の手法をきちんと守って、ハッピーエンドで終わる。よくまとまった作品である。ただ、このような話jは、類似作品が多いので、雑誌社の評価は高くはないであろう。しかし、筆力が充分なので、題材を選んで、創作をすれば、多くの読者を獲得できる可能性をもった作家である。
【「空の青さを知る君へ」吉村杏】
 刑期を終えて出所した津田順也という男の話がある。それから第一遭遇者・和田勉、それから第二遭遇者・島田将志、第三遭遇者・山崎俊一、第四遭遇者・高瀬美穂、という分類で、それぞれの立場が語られる。読み終えて、何だこれっと驚いたが、こんな創作もあるのかと、思った。話の繋げ方に無理があるので、四人の人物の短編のようなものになった。いづれにしても、人物のキャラクターが造れていない。もっとも、それができば商業誌に売れる。
【「来たよ!」楡久子】
 高齢者で元気だが、痴呆的なところもあって、その世話に疲れ切る主婦の話。面白いが、こっちも高齢だから、読み疲れる。
【「帰ったら、カレーにしよう」春野のはら】
 知らない家に空き巣に入った「俺」だが、そこに家主のお婆さんがいた。息子の話をするので、その息子だというと、似てないといいながら、俺の説得で、息子だと思わせることができる。それから、お婆さんの家の家族の関係に巻き込まれる話。わかったようなわからない話。
発行所=〒532-0027大阪市淀川区田川2-315-802、神野方、「メタセコイアの会」。
紹介者「詩人回廊」・北一郎《文芸同志会通信2022.2.10》

第17号
【「寡黙な拳」南田真】
 ボクシングが題材で、作者はジム経営の実情をよく知っているらしく、無知な自分には、興味深く」かつ面白く読んだ。まず、筆致に力がみなぎり、パンチの効いている。印象が強く残る。とくに、才能のある新人ボクサーの試合の描写は、迫力がある。まるで、マンガのシーンか、映画の「ロッキー」のシナリオのような実像を追うイメージがある。娯楽的な面でも読ませる。しかし、小説としては、人間的な性格描写や話のアヤが単純で、構成に不満が残る。ただし、同人誌の作品は、のんびりとちょびちょびと書き進む生気の少ない作品の多い中で、その異色さが目立つ。自分は娯楽モノを書くのだから、どう面白く表現するかを考えれば、ありきたりでも、ないよりましなのではないか。
【「二百八十日のマリア」よしむら杏子】
 「まひる」という新聞社に勤める女性の、身辺生活記である。熱意をこめて、女友達との関係や男関係を、だらだらと書き記す。無駄な話が多いが、起業家になった女友達が、商売心でしばしばLAINで連絡してくる。面倒に思いながら義理で応対していたら、後になってそのことが彼女の励みなったと本人から知らされる。この話だけが際立つ。作品評としては同じ境遇の女性ならば、身に沁みる話かもしれない。しかし、門外漢の自分には、何に拘って書いているかがわからず、伝わるものがない。
【「多美子の流儀」中原なも】
 多美子という主婦の生活日誌的な話からはじまる。息子がいてなかなか反抗的であるが、ラップで母親を揶揄したりする。それに腹を立てながら、息子の才能に感心するところなどは面白い。読み進めるうちに夫が外出先で浮気をしているという告げ口がある。気がかりである。疑惑を持ちながら、外出する準備をしている夫に、水を飲むように仕向ける。夫は、それを飲んで出かける。彼女はそこに下剤をいれておいた。その後の経過の見るところで終わる。面白く微笑ましい。もうすこしスピード感がある文章展開なら、なおいいかも。
【「鳴子百合」多田正明】
 80代を過ぎた叔母は、父の9人兄妹直ぐ年下の妹であった。子どもに恵まれなかったが、気丈な性格で、立派な体格をした郵便局長をしていた叔父を常に尻にしいているようであった。「カカア殿下」であったが、叔父が亡くなって30年以上。老人ホームにいる。その叔母からが昔もらった鳴子百合の生育状態と、叔母に会って感じた時の流れと儚さを語る。百合の話の細部以外は、紹介しても退屈するだけ。それが、読み通せるのは、作者の人となりがにじみ出た、素朴な文章による。
【「時の減失」桜小路閑】
 登山をして、高いところから転落、意識を失った。それが、回復して病院で意識が戻る話。時の減失という表現が、当たり前すぎて苦笑させられる。
【「おっさん」マチ晶】
マリエというカノ女が、中身が「おっさん」で、女の皮をかぶっているような感じがしだしたらしい。寓意小説らしいが、自分は「おっさん」というのがどんなものか、判らない。よく理解できなかった。
以下は、目が疲れたので省略。
《紹介者=「詩人回廊」・北一郎2021.04.30》

第16号
【「白い闇」和泉真矢子】
 恒子は58才。義母の葬儀、教会の献花式に参列しているところからはじまる。彼女は股関節に先天性のゆがみがあり歩く姿に影響がでている。夫の姉もクリスチャンで、恒子はその縁からか、バツイチで子供が外にいる夫の圭一と見合い結婚した。いわゆる容姿に劣等感のある恒子の結婚生活の現状を描いたもの。なにか現世に不足を感じる恒子の気分をぐずぐずとした書き方で描き、純文学的作品ではあるが、クリスチャンにおいて、救いのない生活の心の闇が、印象に残った。このような事情を手際よく描いてしまったら、通俗小説になってしまう。すっきり描かない手際の悪いのだが、ポイントを抑えた書き方が純文学的になることの皮肉を感じる。
【「愛はきっと不平等」よしむら杏】
 離婚した女性が、さまざまな経過をへて、元の夫に再開するまでをひねった手法で描く。元夫は、原発事故で汚染された地域で、除染作業を行っている。除染を請け負った会社は、集めた汚染落ち葉を、川に流してしまおうとする、それに抵抗感を感じた元夫は、その事実を外部に告発する決心をする。前半はもたもたするが、後半の元夫婦のメールのやりとりのあたりから、俄然筆が締まってきて、良い結末にしている。
【「大晦日」北堀在果】
 正志が、どうしたのかという前提なしに宝塚駅の様子から始まる。その後、家族の事情が過去形で語られるので、正志が若くない男で、両親とは、勤めてすぐ別居したが、年に一度は、実家に寄っている。父親は同居時代に、会社をやめ、介護事業をしていた。作者の語るところから、昭和時代の家族制度のなかで、そのしきたりに、従ってきてきた正志であることがわかる。両親の面倒をみる必要があるという体場かたか、いわゆるババ付きという環境にみられ、結婚相手にも敬遠される。その苦労と苛立ちが描かれている。団塊の世代の家制度の変化の状況の一例として読めた。父親との関係が描かれているが、表現が浅く全体を漠然とした印象にしている。
【「虹の切れ端」桜小路閑】
 22世紀の近未来小説で、南田洋はアンドロイドの安藤愛をお手伝い訳のと同居人として迎え入れる。原子力の欠点は、技術革新で解決されたなどの説明がある。なにを表現したのかわからないが、おそらく未来生活を想像して書きとめたのであろう。
【「名残り」マチ品】
 どこの場所かわからぬ見知らぬ風景、書き手だけ知っている女とか、自分の持つイメージを描いた散文。退屈なことこの上ない。なにか読み落としがないかと確かめていたら、電車を乗り越してしまった。前衛的というほどでもないが、わからないイメージなので、きっと純文学なのであろう。
【「おお牧場はみどり」楡久子】
 語り手の女性は若くもないが、近くに年老いた両親が住んでいる。週に一度は泊まり込みに行って、両親と過ごす。退職している夫は、良く彼女の家事を手伝ってくれる。その生活ぶりが、軽快な文章で表現されている。いろいろあった人生を生き抜いて、無事で穏やかな生活をしてることに感謝と安堵をする様子が巧く描かれている。気がかりな両親も、彼女の娘が一緒に住むらしい。みんな頑張って生きている。日々是好日を浮き彫りにする。
【「遺産」多田正明】
 伯母が亡くなって、遺産が何億かあり、それを相続人で分けると、4千万円弱にるという。そこら、どうしてそのような大金を作ったという思い出話。言うことなし。そうですか、という読後感である。
発行所=「メタセコイア」の会、多田代表。連絡先=〒534-0002大阪市都鳥区大東町1-5-10、土居方。編集長・マチ品。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。《文芸同志会通信2020.1.28》