岩 漿

第29号
【「田山花袋と伊豆」桜井祥行】
 田山花袋、島崎藤村、蒲原有明、武林夢想庵が、明治42年に伊豆の旅をしたことが、藤村の「伊豆の旅」に記されており、花袋も「北伊豆」という作品で大仁の反射炉のこと。「温泉めぐり」という著書では、天城峠越えと現在天城トンネル旧道とされている隧道ができたばかり記されているという。引用文もある。そこは冬の雪の大変さがしるされている。自分も20代のころ徒歩で、天城峠から湯ケ野に抜けたことがあるが、そのころから暖かい気候で、温暖化の進行を考えてしまった。その他「柳田国男の『50年前の伊豆日記』、「岡千仞と伊豆」、「児玉花里外と中伊豆」など、郷土文学研究家の記録がある。よい仕事と思われる。
【「ちゃもちゃんと能楽」深水一翠】
 人生回顧録の一種であるが、その形式が、優れているので面白く読める。ちゃもちゃんと周囲からよばれているので、その名称で自伝的な話を語る。語り手をキャラクター化するという形式で、人物像が立ち上がって感じる。母の二人の姉が新劇の女優をし、京都が好きになる。東映映画の中村錦之助、東千代之介、千原しのぶなどの話題が出るので、作者の生きた時代が浮かんでくる。なかなか読ませる力のある作品である。
【「茂みに咲くシャガ」椎葉乙虫】
 推理小説である。これは、テレビドラマ風の自己流の発想によるミステリーであるらしい。老人が殺され、犯人がだれかを、退職した元サラリーマンが追及するという構成。それなりに、書けている。しかし、現代のミステリーは大分進歩している。犯人追及とその動機や人間性を追及するような作風になってきた。東野圭吾などもそうだ。また、村上春樹の自己探求で、人を探す話はアメリカのハードボイルドの手法と同じである。この作品でも、犯人と疑われる若い女性が出てくるが、彼女が行方不明になるようにするような筋立てが欲しい。そのほか、警察の捜査資料が近所の素人に見られるというのも、なかなか実際にはない。ましてや検視の資料などは親族の要求がないと、東京では見せてくれない。これは懸賞金のかかった犯人捜しを実施してみた経験からである。ただし、長所をいえば、独自のミステリー感覚を発揮する場としての同人誌の存在感がある。
【「屑籠の檀」馬場駿】
 経験豊かな医師が、患者の手術で、看護師のミスで手術がでの過失を問われ、職を離れざる得ない事態になる。婚約者には去られたようだ。が、知人の友情に助けられ別の職場を紹介してくれる。そうした流動的な環境のなかで、真弓(檀)という情勢と結婚する予定世あったらしいが、その真弓がやってこない。このような手順で、物語がされるわけではない。よくわかないまま読んでいくと、どうもそのようなことらしい。ただ、その話の運びがお面白く、読者が想像力を足せば、独特な世界観が判ってくる。変ではあるが面白い話である。
【「奇老譚―月は見ていた」しのぶ憂一】
 老人施設にいる99歳の宇垣正義の評判は、すこぶる良い。彼の過去と、裏の顔を知るものもいない。スタッフをはじめ入居者のあいだでもすこぶる良く紳士的で勤勉、物知りで穏やかで言葉遣いも優しく、気が利くので、とりわけ女性に人気があるという。宇垣.には五回におよぶ婚姻生活の破たんと数回の同棲経験があっ.たが、入籍するかしないかには興味がなく、初婚の女.佳恵のほかは、いつも相手の意向にまかせた。二十歳代後半から七十代後半までの時代の履歴である。再婚以.降に入籍した女たちの成行きに共通点がある、まず、結婚紹介所で、知り合い、離婚の経験があり、親戚付き合いがなく、幾ばくかの貯金がある。また、貧困生活を強いられDVに苦しめられた挙句に、3年と経たないうちに分かれている。この老人の自己中心主義、表裏のある2重人格的で、人間関係を破壊する性格を、ことこまかく経歴的に説明する。反省などすること一度もなく、身勝手を言って死ぬまで言い続ける。程度の差こそあれ、よくみかけるタイプの話が連続する。小説なのに、自己中心主義を描き、最後まで治らない。突き放した視線が面白く、次はどんな身勝手をやるのか、面白く読めた。
【「短・中編――三編」佐木次郎】
 創作童話「ゲンの死んだわけ」、戯曲「糸」(途中で、小説の時代小説になる)というもの。とにかく、これらをまとめて発表する自由な表現力に脱帽した。
紹介者「詩人回廊」北一郎。2021年9月 1日

第28号
【「川面に霧が」椎葉乙虫】
 ミステリー小説である。探偵役は栗本設計事務所に勤めて10年の「私」。それほど親しくないが、友人の三鶴朱音という友人が、福島県の只見川で遺体となって発見され、バンゲという地域の地元警察から身元確認に来てほしいという。彼女の実家には、音信ないためだという。そこから、警察では、アケミの自殺説と他殺説に分かれ、自殺説が有力視されていることがわかる。アケミは、恋人がいたが、それは上司の男で不倫であった。そこで、男と縁切りされ、失意で入水自殺したという理由が成り立つ。ところが、その一方で、彼女は、同じ会社の課長の社内不正をしってしまい、殺害された可能性があるらしい。話は、自殺か他殺かの疑惑をめぐって、曖昧で長い話がつづく。趣味の創作としては、まずまず面白い。とくに、会社員をしながら警察と親しくして探偵役をするお膳立てには、なるほど小説ならでのこと、と思った。
【「一人静抄」馬場駿】
 山郷に独居する女性の40年前の出来事の想い出にひたる話。
【「奇老譚」しのぶ雄一】
 人間、歳をとると、だんだん偏屈になる傾向にある。そのなかで、佐藤の義父である宇垣のという老人の自己中心主義を描く。これも一つの個性で、頑固になった男の老いぶりを描いて読ませる。
【「砂金」佐木二郎】
 非常に凝った、怪奇小説で、横溝正史調の血族性と、江戸川乱歩調のエロスを色濃くしたようなゴシックスタイルの作品である。語彙の豊富さ、形容詞の巧みさなど職業作家的な文章力を発揮し、読み応えのある作品である。構成が単調な感じがしたが、本号では、これが一番面白かったし、その筆力と同人誌に発表する意欲に、敬意を表したい。
紹介者=「詩人回廊」編集人・伊藤昭一。
《文芸同志会通信》2020年9月28日