クレーン

44号
【「カニ工場が見える家-樺太(からふと)覚書」中山茅集子さん】
女の子の視点で語られる、優しさにあふれた物語です。主人公のチヨは4歳の時、母親と妹のユリとともに父親が住む樺太に渡ります。「桜が、祭りのワタ飴みたいに咲く北海道の五月」から極寒の地へ。6歳になったチヨは近所の鍛冶屋のおじさんや駐在さんとこの茂ちゃんなどいろんな人に囲まれて暮らしいますが、事件が起こります。いわゆる「アカ狩り」です。また父親が役場職員として地域の現金収入を得ようと苦労する経緯など、少女の言葉で語られる複雑な大人の世界が真に迫って書かれています。当時の樺太の風俗や自然も興味深いものがあります。「フケーキ」が樺太の人びとをどのような窮地に追い込んだかも丁寧に描かれています。カニ工場で働く「サマのオババ」とその養女に象徴される「やさしさ」は物語全体を包んでいます。登場人物すべてが「よい人」という作品がありますが、なんだか気が抜けたようであまり好きになれません。でも、私はこの作品が好きです。「よい人」の描き方が通り一遍ではなく、各人が抱えた事情や生き方が実感をもって伝わってきます。歴史の記録としても貴重な作品です。
byひわき 223/02/25

43号
【「語る橋」中山茅集子さん】
瀬戸内の城下町に住む直子は「さんまいばし」という小さな橋が好きです。そこは夫との思い出の場所です。直子はこの橋に来て、他界した友人や夫と語り合うように思いを巡らせます。橋で出会った4、5歳くらいの男の子と母親が登場します。ことさら何かが起こるわけでもないのですが、故人を思うゆったりとした時間の流れが心地よく感じられました。大切な人を亡くし残された人の内面に共感しました。
【連作短編「『人生最後のセックス②』尾道へ」わだしんいちろうさん】
初老男性の人生最後のセックス計画の2回目です。前回でこの主人公に興味を惹かれました。おとなしそうだけれど厚かましい。気弱そうだけれど頑固。なんとも人間味にあふれていて可愛らしささえ感じました。登場する女性も核心を突く物言いで魅力的でした。ところが今回、いよいよ決まった相手の女性と尾道に出かけるのですが、様子が違っています。なんだか本人も相手も粗忽さなど微塵もなく、揺れもせずお行儀がよいのです。どうしちゃったんでしょう。
【「不毛の国の花」糟屋和美さん】
時代は1964年、最初の東京オリンピック開催の頃です。長崎県島原から上京したあずみは短大を卒業しても仕事にありつけません。職業安定所で紹介された科学技術館に職を得ます。そこで出会った在日の李銀子と仲良くなります。あずみは原爆で両親を失い祖父母に育てられました。大学生の銀子は家庭内暴力から逃れて「おばさん」と呼ぶ、居酒屋を営む人の家に身を寄せています。同人誌仲間のノブさんと銀子の父との絡みや、銀子の望郷の想いなどが語られます。時代を感じる描写や設定に説得力がありました。短い作品の中にあまりにいろんなことが語られているので、途中からストーリーを追うことに終始して読み進めたような気がします。byひわき 2022.02.16

42号
【「バンドリの毛皮帽子-サハリン断章」中山茅集子】
「異国情緒」という言葉で、私が思い浮かべるのはヨーロッパの街角やアジアの市場ではなく戦前に日本が統治していた国ぐにです。そこで日本人は豊かな暮らしをしていました。戦後の引き揚げの悲惨さとの落差で、外地での暮らしは更に輝いてみえます。
この作品は戦前のサハリンが10歳の少女の視点で書かれています。そこでの暮らしも自然も、少女らしい感性で生き生きと描かれています。樺太の厳しい自然の中で人びとがどのように暮らしていたかも興味深いものがあります。近くにはロシア革命で追われたと聞く、元貴族の集落もあります。毎週日曜日にはその村からロシア人の青年がパンを売りに来ます。内地とはまったく違った風景と暮らしです。そんな生活の中、父親の長引く病が影を落とします。ため息をつきながら読みました。
【「人生最後のセックス」わだしんいちろう】
最初に「これはポルノ小説ではないことをことわっておきたい」、「老人のためのセックス指南書でもない」と宣言されています。66歳の主人公男性が相談する相手は、たぶん50は超えているスナックのママと20代の常連の女性。常連女性は大手証券会社勤務でイメクラでアルバイトもしているという設定。三人の会話がめっぽう面白いのです。ママの切り込みも小気味よく、常連女性の突っ込みも的を射ています。主人公はといえば丁寧な言葉遣いで気弱なのですが、へりくだりながらも主張はかなり厚かましく譲りません。ふたりの女性にからかわれていますが、かわいがられてもいます。興味本位ではなくセクシュアリティーを特別視しておらず、セックスに関する会話として正しい、と私は思います。「続きは次号」となっており、「人生最後のセックス」がどのような展開を見せるかより、3人の遣り取りを楽しみたく次号が待ち遠しいです。
byひわき 2021.06.20